青森地方裁判所 昭和43年(ワ)108号 判決 1968年12月27日
原告 甲野太郎
右訴訟代理人弁護士 寺井俊正
被告 株式会社東奥日報社
右代表者代表取締役 楠美隆之進
右訴訟代理人弁護士 葛西千代治
主文
被告は原告に対し、金一〇万円およびこれに対する昭和四三年六月一三日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを一〇〇分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
事実
一、請求の趣旨
(一) 被告は原告に対し、金三、〇〇〇万円およびこれに対する昭和四三年六月一三日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
(二) 被告は左記記載の各日刊新聞に、二日間引続き見出しを一号活字、本文を四号活字で左記記載内容の謝罪広告を掲載せよ。
訴訟費用は被告の負担とする。
との判決および金員支払部分につき仮執行の宣言。
記
新聞関係
(イ) 朝日新聞
(ロ) 毎日新聞
(ハ) 読売新聞
(ニ) 河北新聞
但し右新聞紙地方版、中段右側に掲載のこと。
(ホ) デーリ東北
但し右新聞紙一頁右側中段に掲載のこと。
謝罪広告の内容
謝罪広告
昭和四十一年十一月二十四日木曜日、発行の東奥日報、朝刊第二六八三七号、九頁六段目乃至九段目右側に「悪徳司法書士逮捕」「暴力団と組んで詐欺」等と第一号活字、見出しのもとに掲載した、司法書士甲野太郎氏に関する記事は全く真実に反し、同氏の名誉を著しく傷つけ誠に申訳ありません。
よって、ここに深く陳謝致します。
尚、前記記事が「東奥日報」紙に掲載されるに至ったのは、「東奥日報」の前記記事作成の姿勢に行過ぎがあり、真実と全く違った印象を読者に与えて、世人の認識を誤らせ、甲野太郎氏の社会的信用を著しく毀損してしまいましたことは誠に申訳なく、卒直にその行き過ぎを認め深くお詑びいたします。
今後、私共は甲野太郎氏のことは勿論、すべての取材に正確を期し公正な記事作りに専念し、将来再びかような人の名誉を毀損するような行為をしないことを誓約致します。
右謝罪いたします。
株式会社 東奥日報社
代表取締役 楠美隆之進
甲野太郎殿
二、請求の趣旨に対する答弁
原告の請求はいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
三、原告主張の請求原因
(一) 被告会社は、その編輯、印刷並びに発行名義に係る昭和四一年一一月二四日付日刊新聞東奥日報第二、六八三号、朝刊九頁、六段目から九段目までに次のとおりの記事を掲載報道した。
『悪徳司法書士を逮捕
青森暴力団と組んで詐欺
県警捜査二課、青森署はさる七日、詐欺の疑いで逮捕した青森市浅虫、奥州梅家一家鎌田分家二代目親分、前科六犯沢野喜一(四二)の余罪を追及していたが二十二日、沢野と共謀して現金をだまし取っていた司法書士を逮捕した。県警は暴力団壊滅のため不法資金源摘発に全力を注いでおり、さらに拡大するもよう。
同署は二十二日夜、青森市○○司法書士甲野太郎(四一)を詐欺の疑いで逮捕、事務所を家宅捜査し関係書類多数を押収した。調べによると、甲野は沢野と共謀、さる三十九年七月二十七日、自宅事務所で三百五十万円で抵当にはいっている沢野の山林六百八十平方メートルを青森市浦町、自動車修理業Aさん(四三)に売却するともちかけ、百四十万円の約束手形をだまし取ったもの。
同署は沢野を逮捕と同時に徹底的に余罪を追及していたが、暴力団の詐欺事件に司法書士がからんでいたことを重視、県警捜査二課と特捜班を編成してきびしく取り調べていた。
甲野は元検察庁事務官で三十一年ごろから前青地検庁舎近くで司法書士の事務所を開いていた。』
(二) 右の記事は、左の諸点において、原告の名誉を著しく毀損するものである。
(1) 見出しに、「悪徳司法書士」「暴力団と組んで詐欺」と特筆大書し、あたかも原告が悪徳司法書士たるかの如き印象を与え、その記事において何ら敬称を用いない。
(2) 記事中、原告が「沢野と共謀して現金をだましとっていた」とは不正なる金を取得しているかの如き印象を与え、殊更誇張して記載し、もって原告の信用を極度に失墜せしめた。
(3) 記事中、「自宅事務所で三百五十万円で抵当にはいっている沢野の山林……売却するともちかけ」と記載し、よって原告があたかも欺罔行為をした極悪非道の破廉恥漢であるかの印象を故意に与えんとした。
(4) 記事中、「甲野は元検察事務官で昭和三十一年ごろより前青地検庁舎近くで司法書士の事務所を開いていた」との記載は犯罪事実に関係ないもので、併記することにより読者に対し、原告の人格を故意に曲解、傷つけんとした。
(三) すなわち、被告会社は、原告に関する右詐欺被疑事実がその後青森地方検察庁の取調べの結果、同庁検察官が昭和四三年五月頃原告を嫌疑なしと裁定し、不起訴処分に付したことからも明らかなように全く虚偽の事実であるにもかかわらず、軽卒な取材に基いてこれが真実なものであるとして断定的文言を使用したうえ原告の人権を無視し原告を悪徳である旨独断的に評価した右記事を掲載し、これを世人に広く流布したものであって、このような被告会社の行為は言論報道の自由の限界を超えた違法なものであるといわなければならない。
(四) 原告は、司法書士を営み、且つ○○建設株式会社、自動車分解業の有限会社○○の各代表取締役としてこれらを経営し、相当な社会的地位を有していたものであり、且つ原告には妻、長男、長女、次女の外実父母、妻の父母、その他多数の親族がいる。
しかるところ、前記新聞記事が発表されたため原告の名誉は極度に毀損せられて信用失墜し、資金面においても莫大な損害を蒙り原告の経営する司法書士業の顧客は激減して収入減少したことは勿論、前記会社も金融機関から極度に警戒されて休業の止むなきに至り、従って有限会社○○所有の事業所施設および機器の一切、並びに不動産を廉価に処分し、物質上の受けた損害は甚大なものである。加えて原告の妻子は一般人から白眼視せられ、隣り近所に顔向けができず、通学、通園している子女は一時休学、休園するのやむなきに至り、また原告の実父母は激昂心痛し数日間病床につく有様で、これらのために原告の蒙った精神的打撃は極めて大である。
(五) 以上のように原告は、被告会社の編輯、印刷並びに発行に係わる新聞の記事によって著しく名誉を毀損せられ信用を失墜し、精神的には救い難い衝撃、且つ物質上にも莫大な打撃を受けたのでこれを金銭に見積れば金一億円以上に相当するが、うち金三、〇〇〇万円の支払を求め、
更に、信用回復するためには請求の趣旨記載の謝罪広告をする必要があるので、本訴に及んだものである。
四、請求原因に対する被告の答弁
(一) 請求原因(一)の事実は認める。
(二) 請求原因(二)の事実のうち、原告主張の(1)ないし(4)の見出しおよび各記事を掲載したことはいずれも認める。
しかしながら、(1)の見出しについては被告会社が特別に誇張しているわけではない。このことは昭和四一年一一月二四日付の他の新聞の同種記事の見出しを見ても、毎日新聞は二段抜きで「司法書士が不動産詐欺、青森署で逮捕」、また朝日新聞は「抵当に入った山林を売る司法書士を逮捕」とそれぞれ標題を付けているところに照らして明らかである。
また、(2)、(3)の記事はいずれも原告が逮捕された被疑事実の内容を記載したにすぎないものであって、他の毎日、朝日などの各新聞の記事内容も殆んど同様である。
さらに逮捕された被疑者に対して敬称を用いないことおよび被疑者の身分、経歴を掲げることは本件に特殊な事例ではなく、通常そのように取り扱われているものである。
(三) その余の請求原因事実については、(三)の不起訴の事実および(四)の事実は不知、その余は否認する。
五、被告の違法性阻却の主張
本件新聞記事が仮に原告の名誉を毀損したものであるとしても、次の理由により違法性が阻却されるから、被告会社は損害賠償等の義務がない。すなわち、新聞が個人の名誉を侵害するような記事を掲載した場合においても、刑法第二三〇条の二第一項の規定の趣旨に徴すれば、
イ その記事の内容たる事実が公共の利害に関するものであり、
ロ 記事記載の目的が公益を図ることにあり、かつ
ハ その事実が真実であることが証明されるかもしくは真実と信ずるにつき正当な理由がある場合
においては民事上の責任を生じないものと解すべきであるところ、これを本件についてみるに次のように右三要件は充足されているものである。
(一) 本件記事の内容たる事実が公共の利害に関するものであることは刑法第二三〇条の二第二項において「前項ノ規定ノ適用ニ付テハ未タ公訴ノ提起セラレサル人ノ犯罪行為ニ関スル事実ハ之ヲ公共ノ利害ニ関スル事実ト看做ス」と規定しているところに照らして明らかである。
(二) 本件記事掲載の目的は、何ら原告に対する私怨に基ずくものでなく、専ら公益目的に出でたものである。
(三) 本件記事は、昭和四一年一一月二三日午後青森警察署刑事官室において、同署刑事官名古屋豊三郎が被告会社文化部記者海老名聖三およびその他朝日、毎日等の数名の新聞記者を前にして発表した事実に基ずいて掲載したものであって、いわゆる信頼すべき筋から得た情報に基ずいたものであって取材過程においては何ら過失が認められないから、仮りに後日に至り判明した事実と相違する点があったとしても、それを真実と信ずるにつき正当な理由がある場合に該当する。
(四) なお付言するに、原告は本件記事に関して被告会社を青森地方検察庁に告訴に及びながらその後これを取下げているが、これは右告訴事件の取調の結果名誉毀損が成立しないことを認めて取下げるに至ったのである。
六、被告の主張に対する原告の反駁
被告は、本件記事は捜査官の発表に基ずいたものであるから、記事の内容たる事実を真実なものと信ずるにつき過失はないので違法性が阻却される旨主張する。しかしながら、右発表なるものはいまだ逮捕直後の警察の捜査段階において「被疑事実に基ずき原告を逮捕した」というだけの極めて簡単なものにすぎなかったものであるから、本来被告会社としては、右段階における被疑事実は文字通りの単なる疑いに過ぎないもので無実に終る可能性も当然予想されることに顧み、「原告は……の疑により逮捕された」との事実を報道すべきであったにもかかわらず、本件記事はこれを超えて、前記請求原因(二)、(三)で指摘したように被疑事実を即ち真実なりと独断的に断定したうえ原告を悪徳である旨論難しているのであって、過失の責任を免れるものではない。けだし、被疑事実を即真実なりと断定して報道するためには、少くともその真実性の担保として被疑者たる原告がその被疑事実を認めているのかどうか位は確かめるべきであるところ、取材した被告会社の記者は原告が自白しているかどうかすらも発表者にたださなかった。かかる注意すらもなく真実として報道したのは余りにも不用意な取材に基くものであるというべきである。
七、証拠≪省略≫
理由
一 被告が日刊新聞「東奥日報」を編輯、発行する新聞社であること、昭和四一年一一月二四日付東奥日報朝刊第二六八三号の九頁六段目から九段目までに「悪徳司法書士を逮捕」という標題をつけて原告の主張通りの内容の記事が掲載されたことは当事者間に争いがない。
二 原告は、右記事は原告に関する限り事実無根であるのに、被告新聞社は軽卒な取材に基ずいてこれを掲載したものであって、これがため原告は名誉と信用を失い、経済上の損害を受け且つ精神的にも苦痛を受けたのであるが、これは被告新聞社の過失によって被ったものであると主張する。
思うに、民事上の不法行為としての名誉毀損についても、公共の利害に関する事項であれば刑法第二三〇条の二の規定の趣旨に徴して真実なることの証明があったときは、特段に他人を害する目的で名誉を毀損するような事実を公表した場合の外は、不法行為による責任をおわないものと解すべきであり、真実性の証明がない場合においてもその事実を真実であると信ずるについて正当な理由があったときは、過失がなく、不法行為上の責任は発生しないものと解するのが相当である。
三 (一) まず本件記事の取材の経緯を調べてみる。
≪証拠省略≫を総合すれば、次の事実が認められる。
原告は昭和四一年一一月二二日に、本件記事掲記のように、沢野喜一と共謀して沢野所有の山林約六七〇平方メートルがすでに抵当権が設定されているのにこれを秘匿して第三者に売渡しもって一四〇万円の約束手形を騙取した、という詐欺被疑事実により逮捕され青森警察署に留置されたが、翌二三日一部の新聞記者が右事実を聞知し、右事件の捜査担当者である同署刑事官名古屋豊三郎にただしたことから同刑事官は上司の承諾を得て同署刑事官室に被告新聞社の警察係担当記者である海老名聖三外数名の新聞記者を集めて前記のような被疑事実により原告を逮捕した旨発表したこと、これに基ずいて右海老名記者は本件記事の原稿を作成したうえ編集局整理部に送稿し、同整理部担当記者は前記のような見出しを付して本件記事を掲載したこと、なお右被疑事件については原告はその後勾留されて青森地方検察庁において取調べを受けたが、結局同庁検察官は昭和四二年五月二五日原告を嫌疑不十分で不起訴処分にしたことなどの諸事実が認められる。
(二) 次に、本件記事が原告主張のように果して前記被疑事実が真実のものと断定したものであるか否かにつき判断するに、新聞記事としてなにが掲載、報道されているかは、記事全体を通じて綜合的に認識、判断すべきであり、たとえ部分的には言辞の多少不当にわたるところがあるとしても全体的にみて当を得ている限りは新聞報道の速報性の要請上やむを得ないものとして容認されなければならない。本件記事について検討するに、青森署における取調の過程で判明したものであることを前提として掲記し、その内容において「調べによると。」……と前置きして、原告が沢野と共謀して約束手形を詐取したという事実を掲載しているのであり、これを虚心にみれば、捜査段階たる警察において原告が右のような詐欺被疑事件の嫌疑をかけられて逮捕されたとの事実を報道しているものと読み取るべきであって、被告新聞社が右嫌疑を即真実と断定してその主観的認識を記事として掲載したものとはとうてい認めるべくもないのである。これを他社の新聞記事たる≪証拠省略≫の記載と比較してみても本件記事は原告が逮捕されるに至る経過が附加され、「沢野と共謀して現金をだましとっていた司法書士を逮捕した。」旨の他社の記事にない記事記載があるが、右掲記の記載だけを抽出すれば、原告が右のような詐欺を犯したと断定しているかのような印象を与えるけれども、その前後の脈らくを通ずれば、被告新聞社において断定的判断を掲載したものでないことが明らかであり、仮にこの点が読者をして右事実を断定しているとの印象を抱かせたとしても、かような部分的記載は報道の速報上許容される範囲内にあるというべきである。してみると本件記事は前記のように名古屋刑事官の発表した事実をそのまま新聞報道としたにすぎず、これを歪曲、誇大に記事とした点がみられないのであって、なんらの不法性もない。原告は右被疑事実につき否認しているのにその旨を掲記しないことを不法というもののようであるが、かような事実を確かめ、これを掲記すべき義務なきことは他社の新聞記事に徴しても明らかである。
(三) 次に本件記事の見出しに「悪徳司法書士逮捕青森暴力団と組んで詐欺」とあるが、この点につき判断するに、右見出し自体被告新聞社において原告が悪徳な司法書士であるとの主観的判断を掲載したものというべきことは明らかであり、本件記事本文と相まてば、原告が真実本件被疑事実を敢行したから悪徳司法書士と評価すべきであるとの印象を読者に与えかねない見出しであるといわなければならず、その言辞甚だ穏当を欠くとのそしりを免れない。証人海老名聖三の証言に徴すれば、見出しは読者にアピールすることを使命とし、記事導入の契機を作出するのを目的とすることが認められるけれども、この点を考慮に入れても本件記事の見出しとして、誇大であり、興味本位に堕したものと評価すべきである。しからばこの点を看過して被告会社整理部において付された右見出しは不法であり、少くともこれにより原告が被った損害は民法第七一五条により被告会社において賠償すべき義務がある。
なお原告は本件記事本文中、原告に敬称を用いていないこと、および原告の経歴等を記載していることを目して名誉毀損であると主張するものの、≪証拠省略≫により明らかなように、敬称省略の点は、新聞記事として通常被疑者に対してそのように扱っていることが認められ、経歴附加の点はその措置が相当性を欠くとは考えられないからいずれも理由がないものといわなければならない。
四 そこで原告の損害の数額について考えてみると、被告新聞社の本件記事のうち前項見出しによる名誉毀損にすぎないのであって、原告本人尋問の結果によれば、原告が本件記事のほか前掲各種新聞の掲載により少からざる財産上の損害を被ったことが認められるが、そのうち右不法というべき見出しにより被った損害額を判定すべき資料はなにもなく、結局精神的苦痛に対する慰藉料のみが認められるべきところ、前記諸事情を参酌するとき、その額は一〇万円をもって相当とする。しかして本件訴状送達の翌日は本件記録上昭和四三年六月一三日であることが明らかであるから被告は原告に対し金一〇万円およびこれに対する昭和四三年六月一三日から完済まで民法所定の年五分の遅延損害金を支払うべき義務がある。原告はそのほか謝罪広告の請求をするけれども右金員の支払を受けることにより十分慰藉されるべくこれを命ずる必要がないものと判定する。
そうすると原告の本訴請求中金一〇万円およびこれに対する昭和四三年六月一三日より完済に至るまで年五分の割合による金員支払を求める限度において正当であるからこれを認容すべきも、その余の請求は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条本文を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 間中彦次 裁判官 辻忠雄 本田恭一)